info@appeal-net.com
アーミーちゃん



1988年 ソウルオリンピック 女子10000m(写真中央)

1991年 世界陸上東京大会 女子10000m
★「日頃、日の丸を見ても何も感じないのに、この時ばかりは、ここで死んでもいいと思うくらいに、日の丸が嬉しかったです。外国人選手の体格に圧倒されて、その場から逃げ出したかった。ゴール後、優勝した選手に抱きかかえられて控え室へ行きました!?

2003年 10月 『夢を描いて素敵に生きる』 講演

2006年2月 『私のアスリート人生』 講演
★小学生の時マラソン大会で優勝。この時の両親の喜ぶ顔を見て、将来はオリンピック選手になりたいと決めました!現在、夫の協力のもと1時間は走っています。少しでも走らないとその日の元気がでないからです。「体を動かすことが大事!歩いてもいいので、ちょっとしたことを積み重ねて!」
小さな体でも、一生懸命走れば結果が出せます。
★無口でいじめられっこだった私は小学5年生の時、地元の小さなマラソン大会で優勝!
自信がわいて明るくなり、卒業するころにクラスの人気者。スピーカーというあだ名もつけられました。実業団時代は、出勤の行き帰りにも走り、「人の4倍努力しました!」もろいティッシュペーパでも1日1枚ず積み重ねていけば、裂けなくなります。そういう努力の積み重ねが大事!!!!

2002年 3月 『大波乱!!夫婦ばかりの人生立て直しワケあり涙の絆スペシャル!!』

2004年1月 『ミラクル温泉の旅』放映!
★「じ、じつはですね! 3カ月なんです」「安定期に入ってからと思ったけど、私おしゃべりだから」と喜びの報告をしました!★出産間近のリポーターです。鹿児島の桜島大根畑から登場!

2002年10月 出産後のスナップ

2003年7月 「日曜ビックバラエティー」
★私が34才の時、10月21日午前4時44分、地元の熊本市内の病院で第一子となる男児(2854グラム)を出産。赤ちゃんの名前は、インターネットの姓名判断から「輝仁(きらと)ちゃん」と命名。(隣は私の個人事務所マネジャーを務めるダーリン前田真治)自然分娩による出産(予定日は13日)で、陣痛から約24時間かかって生まれました。分べん室でダーリンはずっと手を握り、励まし続けました。私は1メートル47と小柄なためか「死ぬほどキツかった」けど、「感動しましたよ!」。子供は「3歳ぐらいから走らせたい」です。★思い出の品をリホォームして再利用する企画に出演。
ソウルオリンピック選考会用に初めて自分のサイズに合わせて採寸してもらった思い出の靴を待望のジュニアの為にファーストシューズとして作り直してもらう事に・・・
リポーターの大東めぐみさんと一緒にパチリ!

1998年 11月 九州一周駅伝競走大会

踊るさんま大御殿に出演
★ファンの方が撮ってくれたスナップ写真です。 

20歳の私

2006年 春
★晴れ着姿ではなく、トレーニングウェアで迎えた成人式の写真です。翌日に大会を控えていたから練習!練習!